夜の部に続いて昼の部。
『お江戸みやげ』は短いがうまくまとまった佳品で、 昭和では十七代目勘三郎と守田勘弥の、 平成では七代目芝翫と富十郎の名コンビによって演じられてきた。 七年前には十代目三津五郎と鴈治郎によってひさびさに上演されたが、その三津五郎もいまはいない。 今月は時蔵のお辻と又五郎のおゆうという初役同士の顔合わせ。
座敷の場でお辻が栄紫の手をとって「きれいな手だねぇ」 としみじみつぶやく。 これまでなんの楽しみもなく仕事をして生きてきた女の手が、 人気女形の美しい白い手に重ねられた刹那、 お辻の半生が舞台いっぱいに拡がって見える。 観客はなぜか笑っているが、「十三両三分二朱」 の価値のある感動的な一瞬である。さらりとリアルな芸風をもつ時蔵がていねいにつくりあげるお辻。「これがわたしのお江戸みやげだよ」と云うその幕切れは、晴れやかで心地よい余韻を残す。又五郎のおゆうも、グッと突っ込んだ芝居で笑わせるが、けっして笑いを狙ったわけではなく、どこにでもいそうな気の良い田舎者のオバサンをていねいに演じている結果。素晴らしい新コンビの誕生に惜しみない拍手を送りたい。
栄紫の梅枝、文字辰の東蔵、お長の京妙とまわりに実力者を得て大当たりの一幕。
『十六夜清心』は菊五郎の清心と時蔵の十六夜で。
序幕の百本杭の場は、菊五郎・時蔵ともに十年前よりふわりとした色気があり、どこを切りとっても絵面になるのがよい。この幕で初お目見えとなる清元栄寿太夫(尾上右近)も美声を聴かせ、幻想的な場に。
川下の場。求女演じる梅枝は、清心の菊五郎との割ゼリフ、求女が本舞台へ出ておこつく具合、見事にスキのない運び。『お江戸みやげ』に続いて大当たり。
清心が求女をあやまって手にかけてから「お月さまと俺ひとり」と悪に目覚めるまで、観客に笑いを(気の抜けたコメディになることも少なくないのだが)ほとんど起こさせないのは、芝居の運びが気持ち本位でよけいなことをしない菊五郎の手腕。
白蓮は吉右衛門と三次は又五郎が出ることで舞台がぐっと引き締まる。