黒井緑朗のひとりがたり

きままに書きたいことを書き 云いたいことを云う

十二月大歌舞伎昼の部(歌舞伎座)

 

師走の歌舞伎座。特に昼の部は当月唯一の幹部役者ともいえる玉三郎も不在なためいささかさびしい座組だが、若手の奮闘により充実したものになった。

 

『幸助餅』は云うまでもなく松竹新喜劇を代表する名作人情劇。15年前に現・鴈治郎が歌舞伎として上演、以来何度かの再演を重ねているが、東京でははじめてとなる上演。しかも初演から鴈治郎が演じた幸助を尾上松也が演じるという、いろいろな意味で新鮮な舞台だが、なかなか見ごたえがある半面、課題も少なくない。

美声と際立った口跡の良さが売りの松也だが、その良さがまったくいかせていない。目を閉じてセリフを聞いていると幸四郎そっくりだ。たしかに現・幸四郎は仁左衛門系の上方和事の後継者として、家の芸にない役を多く手がけて大成功しているが、独特なセリフ回しと持って生まれた悪声が玉に瑕。お手本にするならもっと他にあるだろうと思うのだが、松也は自分なりに和事の型とイメージをじっくり考え直すべきだろう。序幕はこのひとにしては五日目にしてセリフのあらも抜けも目立ち、芝居が上滑りしている。「心の紐も、財布の紐も」というせっかくの名ゼリフがただの笑いなってしまった。

中車の大関・雷は押し出しもよく、セリフもていねいだが、この芝居の真の黒幕としての大きさが足りないように見えるのは、彼が小柄だからではない。セリフを受けたり、逆にかけたりする際に、あまりに相手をチラチラと見るリアルな芝居が、歌舞伎のお約束としての大仰な関取の拵えに負けてしまうからだ。

しかし二幕目になるとこの二人の芝居がぐっと良くなる。

松也は花道を出た幸助の足取りが序幕のつっころばしめいた性根を引きずりすぎていることをのぞけば、いささか説明的でだれかねないこの場の前半部をていねいに演じている。中車もそんな松也と四つに組んで締まった芝居を見せる。こっそり置いてきた三十両と引き換えに買った小さな餅を手にした雷が、花道七三でそれをぐっと手にした思い入れ。その歌舞伎ならではの立体的な芝居が観るものの涙をさそう。小判の紙包みを「切り餅」と俗称するが、こころを入れ替えた幸助の作った餅は、たとえ小さくても小判にもまさる価値があるのだ。見事なひとコマである。

大詰めでのふたりの泣き上げは、松竹新喜劇のベテランたちの名人芸を是非盗みとっていただきたいところ。

幸助の妻・笑三郎と叔父・片岡亀蔵ら芸達者が脇をしめる。

 

『お染の七役』は坂東玉三郎の教えを受けた壱太郎が初役で挑む。七役のほとんどは壱太郎がこれから担っていくであろう役柄の典型であり、早替わりの面白さもさることながら、いわば現時点での壱太郎見本市といったひと幕。

そのなかでは、まずはお染が良い。玉三郎にも福助にもまた七之助にもない、かざられた人形のような無垢な町娘の要素がよく出ている。油屋の座敷で柱に巻き付き土蔵へ向かって嘆く姿の可憐な美しさは特筆。そのほかでは姿かたちがよく、喜兵衛との立ち回りでやわらかさをみせる久松が本役。意外にも今後の「片はずし」の大役への期待を感じさせる竹川なども非常に良い出来。

逆に土手のお六は生世話の味、地の芝居のうまさが足りず消化不良。セリフの組み立て方も整理されておらず、「これでも昔は吉原の土手に座った」ではじまる啖呵もポイントがずれている。ぐっと突っ込んだ芝居で手強さを出す場面で観客に笑いが起きてしまい、逆に無理大胆な強請りの面白さをデフォルメするところでは笑いを取れない。そのてん松緑がうまいのと対照的だ。早替わりで慌ただしいこの演目にあって、じっくりと鶴屋南北のセリフ芝居の面白さを堪能できるのはこの「お六喜兵衛」がらみくらいなのだから、ここは要研究か。芸者小糸にも同じような居心地の悪さが残る。

お六が芝居としての見せ場ならば、役者の身体の芸を見せ場は大詰めの道行きでのお光である。常磐津にのせて心狂う女をたっぷり見せ、玉三郎とはまた違ったリアリティある美しいお光の舞う姿が観るものをひきつけて大当たりである。

松緑の喜兵衛が意外の大出来。ぐっと低く響くセリフの良さ、世を捨てたものの持つ危うさなど、よく役がつくり込まれている。小梅の内での剃刀研ぎから、それをくわえての七三で大きな目玉をいかしてのきまり、ツケが入っての丁稚の亡骸を見込んでのきまり、いずれもかたちが良く、緊張感ある悪の魅力が舞台いっぱいに拡がる。松緑の新境地か。

しっかりした芝居で存在感充分な彦三郎の清兵衛、髪結い仕事の手つきもあざやかな坂東亀蔵の亀吉、歌舞伎味は薄いがしっかりセリフを組み立て人の良い田舎者を演じる中車の久作らまわりもよく揃っている。権十郎の油屋、猿弥の弥忠太、千次郎の番頭、鶴松の丁稚、また大詰めにつき合う松也、梅枝にいたるまで、脇が実にていねいに芝居のアンサンブルをつくり、ただの早替わりショウではない見ごたえのある『お染の七役』になっている。

 

 

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