黒井緑朗のひとりがたり

きままに書きたいことを書き 云いたいことを云う

四月大歌舞伎第一部(歌舞伎座)

 

四月大歌舞伎は『小鍛冶』から。能の『小鍛冶』をもとにした舞踊劇で、歌舞伎演目としては1997年以来ひさびさの上演。澤瀉屋ゆかりのこの作品、シテである童子実は稲荷明神を市川猿之助、小鍛冶を市川中車が演じる。

幕があがり一面の紅葉という季節感のなさに閉口してしまうが、竹本連中の異様に気が入った(前回までは文楽座出演であったため、竹本連中としてははじめて)演奏に耳をうばわれる。全編とおしてセリフをすべて竹本がとっていることもあって、聞かせどころたっぷりである。

猿之助の前シテは器用ではあるが表面的な表現に終始し、やや凡庸。前シテの登場や引っ込みにおけるケレンな演出も、いまの時代にあってはもうすこし見直されるべきだろう。しかし後シテはきっぱりとあざやかで溜飲が下がる。小鍛冶とのイキもぴったりで気持ちがよい。とはいえ、四代目がレパートリーとして今後も上演を重ねていくべき演目かと考えたとき、かならずしもそうではないように思われた。

中車の小鍛冶は、とくに前場での抑制のきいた芝居がうまく、ワキとして過不足のない立派な演技。80歳となった左團次の元気な姿が今月も見られひと安心である。

 

休憩をはさんで『勧進帳』。一日おきのダブルキャストだが、この日は松本白鸚の弁慶、松本幸四郎の富樫という配役。弁慶を78歳で演じるというのは最高齢の更新とのことである。

まずはこの白鸚が、これまで幸四郎時代からなんども見てきたものとくらべても格段によい弁慶であった。もちろん、体力的な限界から動きもそれなりに省エネなものにならざるをえない。また歌舞伎界随一の大音声もずいぶんとなりをひそめた。しかし随所に白鸚らしい独特の癖が残っているとはいえ、削ぎおとさざるを得なかったそのあとに残ったものが、きわめて立派で完成度の高いものになっている。
富樫との山伏問答は、なんどか前からかなり相手のセリフを「食う」ようになったが、相手役の幸四郎のテンポ感がよいことでそれがよい緊迫感を生む。「勧進帳聴聞のうえは疑いはあるべからず」と富樫に言われて戻りかけるのも、これまではわざとらしさと軽さが気になっていたのが、今回はさりげないために違和感がない。後場においても、セリフが大仰にならないだけに「ついに泣かぬ弁慶」で泣き崩れるのが生きてよい。息があがってしまっても足腰が弱くなっているわけではなさそうで、たとえば「石投げの見得」などが豪快に形よくきまるのはさすがである。体力的にかなりきつそうな延年の舞はアクティングエリアをかなり絞っての草書舞いだが、酔ったうえでの舞と思えば芝居としてこれが立派に成立しているのが面白い。飛び六方を必死に踏んで花道を入っていくその姿に、いままでにはない感動をおぼえる。年齢的にはもうむずかしいかもしれないが、もういちど「次」を見てみたいと思わされた。
たいする幸四郎も充実した富樫。おそらく弁慶と富樫を日替わりで演じている影響だろうか、最近はうまく使えるようになっていた高音がまったく出ず、初日からわずか数日で声がやられている。だが、そのセリフの明晰さとリズムの良さは心地よく、加えて意味もまたきわめて明瞭であることが秀逸。出端の名乗りからして堂々たる本格である。
処罰した山伏が本物かどうかわからないではないかと弁慶に矛盾を追求され「あらむずかしや問答無益」と開き直るそのセリフに、この富樫の性根がにじみでていてうまい。勧進帳を読みはじめた弁慶にそっと近づき見込む場面、幸四郎のぐっとひねった身体が見せるグロテスクな迫力は特筆ものである。身体の使い方ということで言えばもう一カ所、山伏問答のクライマックスにおいて「そもそも九字の真言とは」で二歩も三歩も下がってしまう富樫がおおいなかで、幸四郎はおおきく左足を引いて正面に身体をひらくだけ。弁慶にたいし一歩も引かない富樫の強さが出るとどうじに、左足を引き刀をいつでも引き抜ける状態を見せるという緊迫感も生まれる。こんな細かいところまで考え抜かれた富樫は、なかなか見られるものではない。「早まりたもうな」での芝居の良さは言うまでもないだろう。声さえ自在であればとそればかりが惜しい、手本のように立派な富樫である。
義経は中村雀右衛門。花道でのセリフは驚くほどサラサラと駆け足。セリフが早いのがかならずしも悪いわけではないが、ひとつひとつの言葉の意味が上滑りしてしまうのは問題だ。弁慶にうながされ再び笠をかぶるのもずいぶん忙しない。この義経はいったいなにを慌てているのだろう。
音楽は全体にやや低調でものたりなかった。里長のベテランらしいうまさに、なんどか耳をうばわれはしたものの。そういえば最近は「寄せの合方」でわくわくさせられることもすくなくなった気がする。歌舞伎演目のなかでも屈指の名曲、これは傑出した音楽劇でもあるはずなのだ。
 

 

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