黒井緑朗のひとりがたり

きままに書きたいことを書き 云いたいことを云う

吉例顔見世大歌舞伎第一部(歌舞伎座)

 

顔見世と銘うった霜月の歌舞伎座第一部は『神の鳥』から。6年前に兵庫県豊岡市の永楽館でおなじく片岡愛之助と中村壱太郎によって初演された新作が、数年後の再演をへて歌舞伎座版として手をいれて再々演となる。

幕が開くと一面の浅葱幕。奴たちの渡りゼリフがあり、渡邉雅宏と杵屋勝七郎によるていねいな大薩摩となる。浅葱幕が振り落とされ鶴岡八幡宮ならぬ出石神社の境内があらわれる。上手側には『道成寺』の鐘のようにおおきな鳥籠が下げられ、そのなかに捕らえられているのは一羽のコウノトリ。赤松満祐を中心として『暫』のごとく並び大名、傾城らが宴をひらいている。

赤松満祐は中村東蔵だが、いくらさまざまな役を演じるベテランと言ってもこのひとに荒事のウケというのは気の毒すぎる。コロナ対策上の出演制限があることはしかたがないが、違和感は最後まで残る。もちろん、演じるご本人の責任でないことは言うまでもない。

愛之助と壱太郎の狂言師(正体は囚われのコウノトリの親)の登場となる。花道スッポンからの登場はよいとしても、わざわざ暗転してまでの演出は舞台の古風さにそぐわずやりすぎに感じた。本舞台に呼ばれたふたりが道成寺もののように籠を見上げ、傾城柏木(上村吉弥)や仁木入道(種之助)をまじえての踊り、雛鳥の救出劇、ふたりの狂言師のぶっかえっての見顕しとつづく。ここではさすが壱太郎の踊りが目をひく。
敵方にかこまれコウノトリ親子ももはやこれまでかと思われるその時、揚幕からとどめる声が聞こえ、鎌倉権五郎のごとき山中鹿之介(愛之助二役)があらわれて七三で名乗りゼリフ。コロナ収束への願いも込めた祝詞は、なかなか堂々として聞きごたえあり。本舞台へ出ての元禄見得はみなぎる迫力というにはややあっさりだが、ウケの東蔵がいる舞台の芯からわずかに下手側にその居所をはずしているのはすわりがよい。長唄三味線が舞台上手側に居並んでいるため絵面としてバランスも取れている。最後は鹿之助が花道でたっぷりと引っ込みを見せて幕。

なかなか歌舞伎らしく古風にまとめられていて、愛之助が取材で語っているように再演をかさねてもらいたいと思う。ただいくつか気になる問題点ものこる。
まず70分という上演時間が長い。たんに長いというだけでなく、『暫』的枠組みに『道成寺』的舞踊シーンを埋め込むなど、さまざまな要素を詰め込みすぎて、それぞれが散漫になってしまっている。それぞれの役の見せ場を整理してまとめなおせば、もっとすっきりするはずだ。そういう意味では『曽我対面』などはなるほどよくできている。
もうひとつは、親鳥と山中鹿之介を二役兼ねるのはいささか乱暴。拵えを変えるための吹き替えも効果的ではないし、なにより後シテたる山中鹿之介の登場がぼやけてしまう。正義のヒーローの登場は「お前の出が遅いので」と柏木に言わせるくらい待ちかねたものであるからこそ、その存在が生きるからである。これも座組の制限上しかたないだろうが工夫の余地はあるだろう。いっそのこと、はじめに登場する狂言師は母鳥のみで、それが窮地に陥ったところで山中鹿之介の登場で大団円となれば、よほど収まりがよいと思われた。
せっかくの見ごたえある古風な作品、ますますみがきあげて繰り返し上演してもらえればと願う。

 

『井伊大老』は座組の問題か白鸚の体力的な問題なのかはわからないが、井伊家下屋敷の場のみ。いささか残念なと思っていたが、それにもかかわらず見応えのある感動的な一幕であった。

まず圧倒的なのは前半の中村歌六演じる仙英禅師と中村魁春演じる静の方のふたりのセリフのやりとりだ。こまかいところまで考え抜かれた歌六のセリフは、その言葉のうらに込められた切実な意味を聞くものに想像させるもの。魁春もいままでのようなかたさが嘘のようにとれ、禅師に「正直なおひとじゃ」と言わせるすてきな自然さがあってよい。このふたりの緻密な芝居があってこそ、井伊直弼がようやく登場する後半が生きる。

白鸚の直弼は、国を背負った大政治家の、しかしそれゆえに疲れきった苦悩を肚ひとつで見せて傑作。いささか過剰とも言えるいつもの白鸚節はなりをひそめ、静の方が死を覚悟していると知るまでは、言葉そのものを聞かせるようにじっくりとセリフをひびかせる。日本という国のために恨まれても「捨て石」となる覚悟、いやそう思わなければやりきれない悲痛な嘆きは、総選挙を終えたばかりの政治家に聞かせてやりたいと思った。幕切れの「大老だけにはならぬもの」も、大音声にたよることなく聞くものに突き刺さる。

初日からこれほど完成度の高いセリフ劇を堪能できるとはと望外の感動にひたりつつ、白鸚や吉右衛門のいなくなったあと誰がこの役をやれるのだろうと寂しい気持ちにもなった。まあ、それはもちろんこの演目にかぎらないのだが。

 

 

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