新橋演舞場は恒例の市川團十郎一座の公演。昼の部を観る。
『熊谷陣屋』の熊谷直実を十年ぶりに演じるのは市川團十郎。当代團十郎の特徴のひとつとして、心理が複雑にからみあう悲劇の主人公などを演じると、その内面を過剰におもてに出してしまうということがしばしばある。荒事や内面が明朗明快な役においてあれだけ「容れ物」としての身体に徹して豪快な芝居を見せて圧倒的なのに、なぜか悲劇においては芝居をしすぎてしまう。今月の熊谷も観る前はそのような不安はあったが、結論から言うとかなりその悪癖は微塵も感じさせず、しっかりとハラで芝居をする骨太な熊谷直実であった。
花道から登場して七三で数珠をたもとへ入れるが、よくやられるような鍔にあてて音を鳴らしたりすることもなく、グッと袖を張ってきまるだけ。本舞台へ出で、相模を見つけての最小限の思い入れ。ここまでだけ観ても、よけいなことをなにもせず、ひたすらスケールがおおきい。上手からあらわれた藤の方をおしとどめる動きにキッパリとしたおおきさがあり、それでいて人形のような様式的な美しい形が抜群である。
扇の使い方がうまい戦物語が、これまた傑作である。だがそれはそこで語られる内容がリアルに現前するという意味ではない。むしろ團十郎の戦物語はなにもリアルに見せはしない。この戦物語は二重の意味で虚構性をはっきりとしめしている。ひとつは歌舞伎の様式としての「物語」の「再現ドラマ」としてもっている虚構性。そしてもうひとつは、そもそも討ってもいない敦盛の最期(ほんとうは熊谷自身の子・小次郎の最期である)を語る/騙るという虚構性である。そこに感情はどこにもなく、語る存在としての身体のみがあるという不思議な時間。これは吉右衛門にも仁左衛門にも先代團十郎にもなかったおおきな特筆すべきものであり、本来義太夫狂言のもっている本質である。
二度目の出になり首実検。ふたりの女をおしとどめての「お騒ぎあるな、騒ぐな」から制札の見得まではきわめて様式的。このあと團十郎が頂点にしているのが「ただし直実あやまりしか」のひとことであるのはあきらかだ。はじめてそこで剥きだしに見顕される熊谷の本心。義経の真意を見抜いての身代わりにわが子を殺したが、それが「あやまり」であったかどうか、それこそが(義経の家来としても、ひとりの父親としても)最大の問題だということが明確になる。ここまで團十郎がおさえた様式的な芝居をつづけていたからこそ、ここがじつに感動的になった。
幕切れの「十六年はひと昔」のセリフは意外なほど歌いすぎず内向的。あきらめきれない未練はそこにない。みずからの行いを受けとめて前にすすむためには、あきらめなければならないのである。そのぶん笠で耳をふさいで引っ込んでいく無言の姿が感動的。
妻・相模は中村雀右衛門。はじめに奥から出で花道の方へグッと踏みだし、上手障子(藤の方がいる)ほうへの思い入れがうまい。誰でもやることではあるが、その意味するところがきわめてわかりやすい。全体に武士のの奥方と言うより世話女房のそれに見えるリアルさが、先代譲りの雀右衛門らしいところ。クドキでわが子の首を抱きかかえたその姿にもそれは言える。
藤の方は中村扇雀が安定の好演。義経は中村虎之介でいささか幼いが、さっそうとした声の明るさがなにより。
弥陀六を演じる市川男女蔵は亡き左團次にますます似てきたが、語るその言葉の「内容」が不明瞭。鎧櫃を背負うことの意味、それが制札を杖にしなければ持ちあがらないことの意味もあまりわからず残念。
休憩をはさんで團十郎の『にらみ』があって閉幕。こればかりは唯一無二。たったひとりで睨むだけだが、歌舞伎座の『女暫』にはなかった祝祭性がここにはたしかに存在している。
