昼の部の見ものは『梅照葉錦伊達織日』いわゆる『裏表先代萩』の通し上演。いわゆる『伽羅先代萩』の重要場面に、その裏側でおこなわれている庶民のドラマを組み込んだ趣向。おなじように『伽羅先代萩』をもとにした『伊達の十役』が先代猿之助から現團十郎にうけつがれたのにたいし、こちらは音羽屋ゆかりの演目。今月は八代目尾上菊五郎が小助、政岡、仁木弾正の三役を演じる。
序幕は恒例の「花水橋の場」から。足利頼兼を演じる中村歌昇は、ニンにはない役をていねいに工夫してつくっている。酔態がそのままやわらかさにつながっているのは、その成果といえるだろう。ただし扇の使い方がやや鋭利で、「だんまり」の表現としても違和感がありかつ頼兼らしい気品にかける。
その頼兼を助けにやってくる絹川谷蔵は中村種太郎。こちらもニンとはことなる役なのが気の毒。というより、播磨屋・萬屋の若手たちがあまりに便利屋のようにつかわれるのはどうにかならないのか。
つづく「道益宅の場」はみじかいながらも見ごたえあり。なんといっても道益を演じる坂東彌十郎が、この役のいくつもの顔をうまく使いわけていることだ。はじめは気さくな町医者と見せ、やがて好色なだらしない男となり、そのうちに大名暗殺の毒薬を調合する密談をするにいたる。それぞれの側面が自然につながって共存しているのがよい。
八代目菊五郎の下男小助はさほどしどころのない役だが、こちらも二百両の金があると小耳にはさんでから目つきがかわるのがうまい。ただ七代目のように凄みと言うまでにはいかず、やや印象は軽い。
道益が言い寄る隣家の下女お竹に中村七之助。若い生娘らしさを全身から感じさせる技術。市村橘太郎の宗益、中村吉之丞の家主もきわめてよく、このふたりは役を入れ替わっても面白いだろうと思われた。
休憩をはさんで「御殿の場」だが、こちらはほぼ『伽羅先代萩』のものとおなじもの。ここでの八代目菊五郎の政岡が、想像をはるかに超える傑作である。
八代目が以前『先代萩』で演じたときの政岡からおおきく進歩しているのは、まずその声とたたずまいのスケール感である。しっかりと腹からつながった音羽屋らしい芯のある声。骨盤から立ちあがりしっかりと制御されたその身体。これまで感じられた坂東玉三の政岡の影響がすっかりなくなり、完全に八代目自身の政岡がになった。また主君・鶴千代にたいしての家来たる控えた立場と、千松にたいしての母親としての立場との、その演じわけがきわめてはっきりしているのもよい。主従、親子というこの三角形がここまで見えた「御殿」はこれまでなかったように思われる。鶴千代を演じる尾上琴也の好演もあるが、菊五郎の芝居がそれを明確にしたのである。
たとえば「いま御屋形に悪人はびこり」の長台詞の、明瞭流麗でありながらどこか鶴千代をはばかり、また周囲を気にするのがわかるていねいさ。「飯炊き(ママタキ)」の途中、座敷上段の縁に腰をかけた千松を見おろしてきまった姿がまた美しく情感にあふれている。
千松殺害のくだりになり、義太夫の「若君いだき」で鶴千代をかばって腰をおとしてきまる力強さから、千松の落命を見て膝から崩れおちる姿のダブルミーニングのうまさまで。またひとり残されクドキになって、端的に「でかした」といってから「でかしゃった」のくり返しにうつるフレージングもよいし、「毒とみれば試みて」から言葉につまり「死んでくれ」との絶叫への間もうまい。そして子を想う母親でありながら、そこに「まことに国の」とセリフで言って義太夫の「礎と」とつながるながれに、公(おおやけ)たるスケールのおおきさをも感じさせるという奇跡のようなバランス。思い出したらきりがないほど、やることはおなじでも目を見張るような完成度。令和の規範となるべき政岡の誕生と言ってよいのではないだろうか。
八汐は坂東彌十郎。加役(立役専門の役者が女役を演じる)であることをことさら意識せず、女形として演じるのがこのひと独特。ドラマとしての違和感のなさがなによりよいが、千松殺しのときの敵役らしい凄みにはかける。沖の井は中村時蔵、松島は中村芝のぶというもったいないほどの好配役。
大ベテランの市村萬次郎の演じる栄御前が、古典歌舞伎のお手本のような素晴らしさ。言葉のたてかた、言外の意味の込めかたがうまい。千松殺しのおりの扇の使い方もさすがで、血を見ないように扇を客席側に傾けながら、どうじに横の政岡の表情を盗み見ることができる角度になっている絶妙の工夫。
「床下の場」は中村萬太郎の荒獅子男之助。熱演だが、右手に掲げた扇の角度が頭側へ寝すぎていたり、「合点だ」で三歩さがるときに腰が浮いていたりと、荒事としてときおり力が抜けて見える。
八代目がここでは敵役の仁木弾正で出る。凄みというよりも、冷たい妖しさとでもいう弾正。松羽目物の『土蜘蛛』などのような能がかった恐ろしさが八代目らしくてよい。
「問注所対決の場」「刃傷の場」は『伽羅先代萩』の「対決・刃傷」の改変。小助とお竹を控えさせての道益殺しの裁きが、オリジナルにおける足利家転覆の裁きのパロディになっている。裁き役の倉橋弥十郎を演じる中村勘九郎の口跡あざやかなセリフが心地よい。だがこのあと「刃傷」の幕切れで、勘九郎はこんどは細川勝元としてふたたび出る。工夫して演じわけているのがさすがだが、にもかかわらずこれをべつの人物だと思うというのはやはり無理がある。見るものを混乱させる二役替わりは損だろう。
八代目の仁木弾正はここでもことさら荒らげないで、ていねいに演じているのが好印象。渡辺外記左衛門に河原崎権十郎、渡辺民部に尾上右近。
