歌舞伎座第二部の三日目。
『時平の七笑』は松本白鸚の藤原時平。
以前も書いたが、この数年での松本白鸚の初役への挑戦ぶりには頭が下がる。二〇一九年に『一条大蔵譚』大蔵卿を四十七年ぶりに演じて大成功したあたりから、昨年三月には『沼津』の平作(これはコロナウィルス感染拡大の影響で配信のみになってしまったが)、今年に入ってからは六月に『京人形』の左甚五郎、七月には『身替座禅』の右京といった、これまで演じたことのない役々を積極的にとりあげている。今月は時平に初挑戦、近年ではほとんど片岡我當しかとりあげなかったこの地味な芝居が、あたらしい様相を見せていた。
まずおおきく違うのは、後半なん箇所にも竹本が追加され時代物らしさが強調されていること。『菅原伝授手習鑑』と世界、拵えなどを共有している作品だけに、義太夫味をまして作品に重みがくわわったのはよい。
また、従来の松嶋屋のやりかたでは、道真を見送って花道まで行った時平が、その姿が見えなくなるとちいさく笑い、本舞台に戻って独白となって「道真はいかい阿呆じゃ」と三段に足を落として高笑いをする。今回の白鸚は、道真を花道まで見送らず二重屋台にいたままで笑いになるのだが、これはややサスペンスが半減してしまって残念。
それをおぎなうかのように、なんと時平がぶっかえり剣を手にしての大見えとなる。たいへん派手で面白い趣向だが、それがためにいったん衝立のかげに入ったさいに顔に公家悪の隈を書き足したりとせわしない。そもそも顔に手を入れてしまうことで、肝心の見せ場となる笑いよりも前に肚をわってしまい、ドラマの根幹が崩れてしまっているようにも思われた。
地味な芝居を面白くしようというアイディアはひじょうによいのだが、そのアイディアを整理された型として落とし込むには、もうひと工夫が必要か。
菅原道真を演じるのは中村歌六。冠を落とされじっと堪えているその横顔が、まぎれもない菅丞相。おさえたセリフのなかにも道真の内面を感じさせてさすが。この作品が地味なのは今回改変のおおい後半ではなくじつは前半なのだが、そのなかにあってもこの道真はなかなかの見もの。
『太刀盗人』は尾上松緑と中村鷹之助のふたりで。
松緑のすっぱは顔といいセリフといい見事にはまり役。たいする鷹之助もていねいに演じていて好感が持てる。ただ、ふたりともやや腰が高く不安定に見え、踊りで観るものを引き込んでいくという面白さは希薄。