黒井緑朗のひとりがたり

きままに書きたいことを書き 云いたいことを云う

『ヴォイツェック』(東京芸術劇場プレイハウス)

ビューヒナーという作家もその作品も知らずに『ヴォイツェック』という戯曲を読んだら、それが一八三六年に書かれたものだとはだれひとり信じないだろう。その詳細な精神疾患の描写、いっけんつながりを欠いたような断片的な(もちろんこれは未完成の遺構で…

『だれか、来る』(SCOOL)

ヨン・フォッセの『だれか、来る』が三鷹のSCOOLで上演された。演出は批評家としてさまざまなジャンルを横断的に活躍してきた佐々木敦。休憩なしの二時間半というステージである。 『だれか、来る』の戯曲としての構造と、そこでおこっていることはきわめて…

国立劇9月歌舞伎公演(新国立劇場中劇場)

閉館中の国立劇場の歌舞伎公演。名作『仮名手本忠臣蔵』のなかでも、通し上演にはふくまれない加古川本蔵をめぐる二段目と九段目が組みあわせてとりあげられる。九段目はそれでも単独または八段目の道行とあわせて上演されることがあるが、二段目となるとな…

『シナリオ』、『シナリオ:予告編の構想』

2022年にみずからの選択によってその生涯を終えた、不世出の映画作家ジャン・リュック・ゴダールの遺作『シナリオ』が公開された。この20分に満たない『シナリオ』本編と、ゴダールが『シナリオ』の構想をメモを片手にスタッフに語る様子をおさめた30分程度…

秀山祭九月大歌舞伎夜の部(歌舞伎座)

『菅原伝授手習鑑』通しの夜の部も、Aキャストの日を観る。 「車引」は高麗屋三代の共演のひと幕。藤原時平を演じる松本白鸚。足が不自由かつ手の動きなども制限されたなかでの時平だが、その存在感といまだ劇場に鳴りひびくセリフで圧倒的。 左近の桜丸は…

秀山祭九月大歌舞伎昼の部(歌舞伎座)

今年の秀山祭は三大丸本歌舞伎のひとつである『菅原伝授手習鑑』の通し上演である。最近よくやられているようにダブルキャストによる交代制だが、そのAキャスト二日目の昼の部を観る。 「加茂堤」は苅屋姫を演じる尾上左近に目をひかれる。尾上松緑家の跡取…

八月納涼歌舞伎第三部(歌舞伎座)

納涼歌舞伎は今年も恒例の三部制。その第三部の『野田版・研辰の討たれ』を観る。故・十八代目中村勘三郎が演出家・野田秀樹とともにつくりあげた舞台であり、今月は中村勘九郎がはじめて父の演じた守山辰次を演じる。まわりの役も一世代めぐってあたらしい…

Noism0+Noism1 『アルルの女』 / 『ボレロ』(彩の国さいたま芸術劇場)

Noismの彩の国さいたま芸術劇場公演初日を観る。今回はビゼーの名曲『アルルの女』と、あまりに有名なラヴェルの『ボレロ』という組みあわせ。振付は金森穣。 まずは『アルルの女』がおそろしいまでの完成度をたたえた傑出した舞台。細部までそのセンスがい…

七月大歌舞伎昼の部(歌舞伎座)

市川團十郎白猿のこのところの躍進にはいちじるしいものがあり、五月の『勧進帳』の弁慶や『白浪五人男』の日本駄右衛門、そして先月の『暫』の鎌倉権五郎などはこれまで以上に充実していたのが記憶にあたらしい。とくに市川家の家の芸である荒事にかんして…

小田尚稔の演劇『国/家』(水性)

小田尚稔の演劇『国/家』の新作初演。三日目を観る。ひさびさに小田尚稔の演劇に接したが、あいかわらずのすてきな朴訥さのなかに、またひとつあたらしいメタ演劇論的なおもしろさを感じさせる舞台であった。 タイトルが『国/家』であることは、さまざまな…

終のすみか「from HOUSE to HOUSE」(中野HOPE)

終のすみかによる、過去に上演された二作品をあわせて再演するという企画。作・演出は坂本奈央。いずれも限られた人物たちの会話が織りなす傑作である。そのセリフはときにリアルなノイズをともなうのだが、それが突如として古典的と言ってもよいリリカルな…

六月大歌舞伎夜の部(歌舞伎座)

尾上菊五郎襲名ふた月めの夜の部は『暫』からはじまる。鎌倉権五郎を演じるのはもちろん市川團十郎白猿。なんども演じている役だが、今回はいっそうその立派さが際立つ。歌舞伎座の間口は歌舞伎を上演するには広すぎると感じることは少なくない(南座などは…

『セザンヌによろしく!』(せんがわ劇場)

第14回せんがわ劇場演劇コンクールにおいて、グランプリとオーディエンス賞を受賞したバストリオの作品の再演。一週間の公演が回をかさねるごとに評判になり、会場は満員の熱気であふれている。舞台はその期待にこたえるにじゅうぶんなものだった。 わたした…

六月大歌舞伎昼の部(歌舞伎座)

ふ 尾上菊五郎襲名も二ヶ月目。まずは『菅原伝授手習鑑』の「車引」で新・菊之助の梅王丸である。配役を見たときにおやっと思ったのは、桜丸ではなく梅王丸なのかということだった。いうまでもなく菊五郎家がそもそも桜丸をやる家であり、またまだ若年という…

團菊祭五月大歌舞伎夜の部(歌舞伎座)

遅ればせながら観る襲名披露興行夜の部、まずは『五斗三番叟』から。作品としては数年にいちど上演されるいささか地味な作品だが、劇中に取り入れられる三番叟的要素が襲名を寿ぐにふさわしい。ただ、演じ手を選ぶ作品でもある。 五斗兵衛は尾上松緑。登場し…

『想像の犠牲』(吉祥寺シアター)

Dr. Holiday Laboratorの『想像の犠牲』(作・演出山本ジャスティン伊等)を観る。昨年12月にロームシアター京都で初演された舞台の、東京に場所をうつしての再演となる。初演は未見なのでそれとの比較はできないが、控えめに言って驚愕せずにはいられない傑…

團菊祭五月大歌舞伎昼の部(歌舞伎座)

八代目尾上菊五郎襲名興行の初日。きわめてすぐれた資質の持ち主である新・菊五郎の誕生をこころから祝いたい。七代目もひきつづき菊五郎を名乗りつづけるとのことで、どうじにふたりの菊五郎が並立するというなんとも不思議な状況の幕開け。 都合により『寿…

『黄昏の湖』(紀伊国屋サザンシアター)

加藤健一事務所による『黄昏の湖』を観る。1981年度のアカデミー賞で主演男優賞や主演女優賞などを取った映画『黄昏』のもとになる、アーネスト・トンプソンの戯曲である。 アメリカの田舎にある湖畔の別荘に、ノーマンとエセルの老夫婦が避暑に訪れる。そこ…

四月大歌舞伎昼の部(歌舞伎座)

歌舞伎座昼の部の前半は新作『木挽町のあだ討ち』から。直木賞、山本周五郎賞を受賞した永井紗耶子による同名の小説の歌舞伎化である。突然おこった刃傷事件からはじまる、木挽町(現在の東銀座あたり)の森田座を舞台にした「楽屋もの」の人情噺。原作の語…

四月大歌舞伎夜の部(歌舞伎座)

四月歌舞伎座夜の部は、先月の由良之助につづいて出演する片岡仁左衛門の六助、尾上右近の『鏡獅子』、尾上松緑とその一座による講談シリーズ最新作の初演など見どころ満載である。 『彦山権現誓助剱』はいつもの「毛谷村」だけではなく、その前の「杉坂墓所…

三月大歌舞伎『仮名手本忠臣蔵』夜の部B(歌舞伎座)

『仮名手本忠臣蔵』の通し上演の夜の部はBキャストを観る。 まずは「五段目・六段目」から。驚くばかりという言葉が軽くなってしまうほど、完成度の高い舞台。中村勘九郎の勘平はもちろんのことながら、まわりの役のほとんどがきわめて高水準。揃いも揃った…

三月大歌舞伎『仮名手本忠臣蔵』昼の部A(歌舞伎座)

ひさびさの『仮名手本忠臣蔵』の通し上演。ベテラン幹部と中堅若手の共演だが、不思議なことに世代による違和感がなくきわめてみごとなアンサンブルがつくりあげられている。 口上人形につづいて「大序」から。先日團十郎の短縮版の『忠臣蔵』を観たばかりだ…

寿初春大歌舞伎夜の部(歌舞伎座)

夜の部のはじめは『熊谷陣屋』から。そもそもこの我が子の首を打って差し出すという凄惨な話を新年早々やる意味がわからないが、それはまた別のはなし。熊谷直実は初役(といっても十年前にいちど代役で急遽演じている)の尾上松緑。花道から出て七三で数珠…

寿初春大歌舞伎昼の部(歌舞伎座)

初春の歌舞伎座は『寿曽我対面』の一幕からはじまる。これがなかなか見もの。正直にいえばいささかこの演目らしい華やかさにかけているものの、きわめて実直で充実している。 なんといってもまずは曽我五郎を演じる坂東巳之助がよい。踊りのうまい役者だけあ…

十二月大歌舞伎第二部(歌舞伎座)

師走の歌舞伎座の第二部は『盲長屋梅加賀鳶』から。 梅吉と道玄を初役で演じるのは尾上松緑。梅吉は粋かどうかはさておき、きっぱりとしたセリフが江戸前で心地よい。ただ、木戸から説得に出てきたその姿がオロオロしているように見えるのはよくない。 とう…

『ピローマン』(新国立劇場小劇場)

数々の国際的な最優秀戯曲賞を受賞した名作『ピローマン』は、2003年に初演されたのちなんどか日本でも上演されてきた。今回は小川絵梨子の演出が新国立劇場の小劇場という理想的な空間を得て、充実した舞台になっている。第一幕と第二幕第一場までで休憩を…

錦秋十月大歌舞伎昼の部(歌舞伎座)

十月歌舞伎座の昼の部は時代者の名作『俊寛』から。亡き吉右衛門の芸を継承すべく、尾上菊之助が初役で俊寛を演じている。もちろん吉右衛門がつくりあげたギリシャ悲劇のような悲壮なドラマはそこにはない。ニンからいっても菊之助のそれではなく、むしろ共…

八月納涼歌舞伎第三部(歌舞伎座)

納涼歌舞伎第三部は新作歌舞伎『狐花』の初演。人気の本格ミステリー作家・京極夏彦が今月のために書き下ろしたもので、初日のわずか一週間前には小説版もあわせて発売された。小説のほうは京極夏彦の作品としては異例なほどすぐ読めてしまうライトなもので…

八月納涼歌舞伎第一部・第二部(歌舞伎座)

納涼歌舞伎の第一部と第二部をつづけて観た。親たちから引き継いだ演目をどう次世代が演じるか、なかなか面白い競演になっている。 第一部の『ゆうれい貸家』は山本周五郎の原作を歌舞伎化したもので、近年では十代目坂東三津五郎と中村福助の組み合わせで話…

歌舞伎鑑賞教室『封印切』(サンパール荒川)

中村鴈治郎という役者は、父・藤十郎がなくなってから年々その父親に似てきたように思う。老けから敵役までさまざまな役を演じる鴈治郎がひさびさに演じる『封印切』とあっては、観ておかなければならない。 とはいえ前半の忠兵衛はいまひとつ。花道からでて…